おもいつき
 
いきあたりばったりに。 日常とか
 


放浪(旅行・御朱印)

御朱印帳経過記録 神社 7冊目

なんかこのところ御朱印帳のことしか書いてない気がしますが神社用御朱印帳の7冊目が埋まりました。

7冊目は京都の大将軍八神社のオリジナル御朱印帳。
大将軍八神社は夏に帰省した際に一度参拝して御朱印は戴いてたんですが、あとでオリジナル御朱印帳があるということを知り、年末に帰省するついでに再度参拝して御朱印帳を購入してきました。
御朱印自体は重複してしまいましたが、書き手が違う方だったらしくかなり筆致が異なるのでこれはこれで。
御朱印の方は右上から

上段: 大将軍八神社、元三島神社(鶯谷)と寿老人、巣鴨大鳥神社、装束稲荷神社、王子稲荷神社、八幡神社(赤羽)
中段: 白山神社(文京区)、瀧野川八幡神社、神明社(柏)、広幡八幡宮、意富比神社、二宮神社(船橋)、子守神社、検見川神社
下段: 登渡神社、三軒地稲荷神社、月讀神社(つくば)、佐志能神社(染谷)、佐志能神社(村上)、八坂神社(土浦)、久國神社、愛宕神社(港区)



元三島神社はなんというか立地がすごい神社。
鶯谷駅付近の山手線沿いにあり、以前からラブホテル群の中に立つ赤い社殿が電車から見えるたびに「まさかアレはラブホじゃないよな?」と印象に残ってました。で、都内の御朱印を下調べしてる際に達筆な墨書に目が留まって調べたらここ。
まあ時系列でいえば「ラブホ街の中に神社が建ってる」ではなく「神社の周りがラブホに浸食された」なんですがインパクトとしてはどうにも。
ちなみに先日載せた桜の花の写真がこの神社のものですが背景に写ってるビルもしれっとラブホです。2月だったんですが異様に暖かい日で桜が咲いてました。
周辺のビジュアルにインパクトはありますが境内はいたって落ち着いた雰囲気の神社です。

巣鴨大鳥神社から瀧野川八幡神社までは二の午に合わせて折りたたみ自転車で山手線の上の方巡礼の旅。

王子稲荷神社というと古典落語、王子の狐で馴染みがあるため以前からそのうち参拝する脳内リストに挙がっていました。
この王子稲荷には東国の狐が初詣に来るという言い伝えがあり、その際に狐たちが一旦集まって装束を整えたという榎があった場所が現在は装束稲荷神社になっています。
この装束稲荷神社の御朱印は普段は対応されておらず、初午、二の午、三の午の祭の日には配布があるととのことで、これを知ったのがちょうど二の午の直前だったため即座に有休を取得しました。
書き置きですがたくさんの書き込みと手描きの提灯のイラストまで入って非常にサービス精神が旺盛な仕上がり。
あと社務所でこの他色々お稲荷さんグッズを取り扱ってまして、狐の行列の手ぬぐいにちょっと惹かれたんですが個人的には手ぬぐいの使い道がないので購入は我慢。

王子稲荷神社の方もお祭りで非常に賑わっていまして、限定御朱印は普段の倍額と思しい800円。
お祭りに関連したイベントのスタッフらしき女性が着物に狐の面で歩き回ってまして、なかなか怪しげで良いです。夕方薄暗くなったらさらに雰囲気出そう。



赤羽八幡神社は立地がすごい神社その2。境内の下を新幹線が貫通してることでその手の愛好家には有名だそうです。
写真の高架が新幹線その他の線路で、チラッと見えてるトンネルのガードの上に神社があります。
あとMayugeが御朱印お願いして待ち時間の間に、それぞれ遠方から来てるらしい数組の妙齢の女性がこの神社のオリジナル御朱印帳を買いに来られたんですが残念ながら現在は品切れで、また近いうちに追加生産するとのこと。そんなに人気なのかーとぼんやり眺めてたんですが、今回記事のために検索してたら理由が分かったような気がします。御朱印の右上にもうっすら見えますがこちらの神社は「∞」のシンボルを絵馬やお守りなどあちこちに使用しているため、関ジャニ∞ファンの方々の参拝があるとのこと。たしかに御朱印帳にも「∞」が大きくあしらわれています。お守りとか絵馬とか各色揃ってるらしいですよ奥さん。

白山神社、瀧野川八幡神社もこの道中にそれぞれ書き置きでいただきました。

意富比神社(おおひじんじゃ)から登渡神社は千葉方面にこれまた巡礼の旅。千葉神社も参拝したんですがそちらはオリジナル御朱印帳を購入したためこちらには入ってません。二宮神社は通称ふなっしー神社。ふなっしーお守りとかありました。子守神社はすごく個性のある字体ですが、実際のところこのやたらと特徴的で不思議な墨書が欲しくて千葉方面を巡礼したようなものです。お気に入り。

三軒地稲荷神社はJR藤代駅近くにある神社ですが県南の6号沿線で生活してる人には「小浮気という交差点からちょっと入ったところ」というとなんとなくあの辺かなと想像が付くのではないかと思います。なんでこんな地名になったんだ。
こちらの社務所での対応は月水木曜は8時半~15時まで、それ以外は午前中のみとの張り紙がありました。



月讀神社はつくば市の南の端の方にひっそりとある神社。
御朱印を集め始める前から鬱蒼としたご神木の雰囲気がなんとなく好きで、自転車でこちらの方に来る際にちょっと回り道して前を通ったりしてました。
御朱印は神社の隣にある社務所、というより宮司さんのご自宅で。

佐志能神社の読みは「さしのじんじゃ」。石岡市の龍神山と呼ばれる山に同名の神社が2ヶ所あり、所在地の地名がそれぞれ染谷、村上となるため、染谷佐志能神社、村上佐志能神社と表記されてる場合もあるようです。どちらも通常は無人ですが、以前に参拝した常陸国総社および琴平神社でそれぞれの御朱印を兼務されています。



最後の方はまた都内。
先日のインド大使館さくらフェスティバルでカレー食ったあと山手線の南東側辺りを軽く廻ってきました。
愛宕神社がある愛宕山は東京23区内にある天然の山の中では最高峰だそうで、殺意の存在を疑うような傾斜の参道は「出世の階段」として知られています。
怪我人とか出ることないんですかねここ。
って思ったらお祭で神輿を担いでこの階段を登り降りする際にはあらかじめ救急車が待機してるって話が出てきました。
この時もご参拝の皆様「怖っ!」「ちょ、これヤバいってwww」などと口々に騒ぎながら登り降りされてましたが、Mayuge的には「きっつー!」と独り言を言いながら3歳児くらいの子供を抱えて登ってたおかんの人がナンバーワンで。


御朱印帳 経過記録
 ・ 神社 1~4冊目
 ・ 神社 5冊目
 ・ 神社 6冊目

 ・ 寺院 1冊目



2016年4月5日(火)23:54 | トラックバック(0) | コメント(2) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

御朱印帳経過記録 寺社 1冊目

御朱印に関してよく耳にする注意点として、「神社とお寺の御朱印は同じ御朱印帳に混ぜない方がいい」というのがあります。
まあ実際のところごちゃ混ぜでも気にされない場合が大部分で問題ないとのことですが、少数派とはいえ混在を嫌われる寺社も存在はするので、断られるのが嫌なら神社用と寺用で2冊用意しておいてもいいんではないか、というのが一般的なコンセンサスの様子。
ということでMayugeも御朱印帳は神社と寺院でそれぞれ別に用意してます。
まあ分けたところで神社に七福神の御朱印とか普通にあるので結局神道だか仏教だか分からない感じになってる気はするんですが。

で、このほど寺院用御朱印帳の1冊目が終了したので例によって忘れないうちにメモ。
Mayugeは御朱印の下調べ自体神社をメインにしているのでお寺の方はペースがかなりゆっくりです。

御朱印帳は楽天かどこかの通販で購入したもの。
詳細は忘れました。

御朱印は右上から順に
上段:龍泉寺(目黒)の不動明王と聖観世音と恵比寿神、祐天寺、心行寺(深川)の福禄寿、法乗院(深川)の大日如来と閻魔大王
中段:五百羅漢寺の御朱印と干支にちなんだ今年限定の善住義尊、真源寺の入谷鬼子母神と福禄寿、正宝院(台東区)の飛不動と恵比寿、浅草寺の聖観世音と大黒天
下段:蓮馨寺(川越)の呑龍上人と福禄寿、大御堂(筑波山)、巣鴨とげぬき地蔵、普門院(赤羽)、西福寺(豊島)、土浦大師、牛久大仏

なんかさっきから恵比寿と福禄寿ばっかり繰り返してるような気がするのは気のせいですか。
祐天寺の御朱印は祐天上人の書をはんこにしたもの。特徴的でユニークな字体です。御朱印をお願いすると墨で書く通常のものとこのはんこのものとどちらにするか尋ねられます。お寺としてはこの文字が決め技的な位置付けらしく、額になってたり石碑に彫られていたりと境内のあちこちで目にすることができます。
七福神を集めてるわけでもないのに唐突に心行寺が入ってる理由は隣の深川閻魔堂と間違えて入ったからとかそんなことは。
その深川閻魔堂には大きな閻魔様の像があり、閻魔様の前には希望するご利益別にラベルが付いた賽銭口が並んでまして、お賽銭を入れると電動エンマ様からのありがたいご訓示がいただけます。アミューズメントパークかよって思ったけどよく考えたら江戸時代からXX巡りとかXX詣でとかって庶民の娯楽みたいなもんですし、むしろ一貫して姿勢がブレてないと考えるべきなのかもしれません。
ていうかもっと昔から「ヒマだったんで千度参り2回やったったwww」みたいな奴いましたしね。(宇治拾遺物語 巻六 (86)清水寺に二千度参詣する者、双六に打入るる事
賭け事の負けがこんできたのでヒマ潰しにやった千度参り2回分のご利益を借金のカタに譲渡してみたらきっちり不運になった的な。
この時代の「侍」は武士というよりも貴族の自宅に雇われてる私設警備員といったイメージ。授業で解説してた講師が「ていうか警備員が仕事の合間に二千回も、しかも『みんなやってるから』という理由で清水詣でとか、こいつよっぽど仕事してないですね」と言ってたので記憶に残ってます。
この手の古典の文章を見ていてけっこう印象的なのが、このくらい昔の人でもご利益とかまじないについて意外と「古くさい迷信」って感覚でいるっぽいことですかね。あと、この時代賭け双六が流行ってたという話は普通に授業で習った記憶があり、現在の双六とは違うものだというざっとした説明でバックギャモンと似てるっぽいなーとはなんとなく思ってたんですが、先日別件でルールをググった際、似てるどころかそのものが伝来して流行ってたんだというのを知ってわりと衝撃でした。



五百羅漢寺の御朱印に挟んであった半紙はちょっとかわいい(※個人の感想であり感覚には個人差があります)キャラクターのはんこ入り。
五百羅漢寺は龍泉寺参拝の際に隣接してることを知り、下調べしたらこの半紙のはんこが出てきまして、「あ、白澤が祀られてるんだ」と思って解説を見たら獏王となっててどういうことなのかと思ったらやっぱりそういうツッコミはされてる様子。特徴からしてどう見ても白澤と思われる像がこのお寺ではなぜか「獏王」して伝わってるとのこと。とりあえずその獏王像がインパクト強かったので改めて参拝。
そういえばニケがこのところ不眠気味で夢見が悪いとかこぼしてたのでこの獏王像の頭を忠実に再現したという鈴のお守りを購入して進呈したところ、「んー、まあ悪夢ではなくなったかも」という、言外に何か言いたいことがありそうなご利益報告がありました。とりあえずモビルスーツに乗って出撃する夢になったらしいです。
こちらでは毎年の干支にちなんだ羅漢の御朱印というのがあり、今年は善住義尊者。善と義の文字に部首として羊が含まれてるからとのこと。コンプしようと思ったら強制的に12年かかります。
入谷鬼子母神、飛不動、浅草寺は自転車で浅草近辺の御朱印巡りをした際に。
大御堂は筑波山神社の真横なんですが、筑波山神社にお参りした際にはまだ寺院用の御朱印帳を用意してなかったため後回しになってました。
とげぬき地蔵は言わずと知れたおばあちゃんの原宿。



下りの東北新幹線に乗って左側の窓を眺めていると赤羽の手前辺りで住宅地からこの塔がにょきっと生えてるのが見えてまして、気になったので調べたところ普門院の仏塔と判明したため御朱印の旅。野次馬か。
この塔だけでなく山門も中国風というか大陸風を思わせる造りでちょっと変わった雰囲気のお寺でした。



土浦大師と牛久大仏は近所だからいつでも行けると油断してたらずいぶんと後回しになってしまいましたが寺院用御朱印帳の〆に地元周辺を巡礼。
どちらもすぐ近くを何度も通過してるにもかかわらず今まで足を止めたことはありませんで。
特に牛久大仏は場末の寂れた遊園地のようなイメージを勝手に抱いてたんですが、付近住民の定番アミューズメントパークといった位置に納まってるらしく、まったくもって予想してなかったような盛況っぷりで正直驚きました。お見それ致しました。
大仏様のポーズが横から見ると波動拳っぽいなーとか思いながら撮った写真をいじって遊んでたら「お釈迦様は地上を滅ぼすことに決めたようです」みたいな画像になってしまったので収録。
牛久滅波動拳だよ。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているがね。


御朱印帳 経過記録
 ・ 神社 1~4冊目
 ・ 神社 5冊目
 ・ 神社 6冊目
 ・ 寺院 1冊目



2016年3月26日(土)00:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

御朱印帳経過記録 神社 6冊目

先日5冊目の御朱印帳が埋まったので収録しましたが6冊目がまた埋まりまして。
今回はちょっと出かけたついでに御朱印巡りというパターンが数回あったため、比較的短期間で完了してしまいました。

写真は五所駒瀧神社
おそらく真壁石の産地だからということだと思いますが、参道、境内に様々な石造りのオブジェがあり、森と相まって良い雰囲気でした。



御朱印帳は葛飾八幡宮のオリジナル御朱印帳。
前回ちょっと触れましたが、「八幡の藪知らず」の呼び名の由来となってる神社です。
境内にご神木の巨大な銀杏の木があり、御朱印帳もこれをモチーフにしています。
御朱印帳を購入した後、前の御朱印帳を終えてこちらを使い始めるまでに2ヶ月間も寝かせてた割にそこから先は1ヶ月かからずに埋まったというアンバランスな運用となりました。

こうして見ると桜木神社上目黒氷川神社とこの葛飾八幡宮はすべてオリジナル御朱印帳を同じメーカーで作成してるっぽいですね。このシリーズの絵と色使いはけっこう好きです。

御朱印の方は右から順に、
上段:葛飾八幡宮、玉姫稲荷神社、白鬚神社、秋葉神社(向島)、野木神社、雀神社、鷲宮神社
中段:行田八幡神社と摂社の大国主神社と目の神社、前玉神社、所沢神明社と摂社の鳥船神社、三芳野神社、蚕影神社
下段:五所駒瀧神社、健田須賀神社、雄琴神社、星宮神社、磐裂根裂神社、平塚神社、七社神社、王子神社



葛飾八幡宮のご神木の大銀杏。
黄葉を狙ってお参りしたわけではなかったんですが、もう少し遅めだと良いタイミングだったかもしれません。
参道の銀杏並木はいい具合に黄葉して見頃でした。
玉姫稲荷神社から秋葉神社(向島)までは前の御朱印帳で浅草近辺を自転車でぐるっと巡ってきたときの続き。
野木神社から三芳野神社までは茨城の県西地区から埼玉の方に向けてこれまたぐるっと巡ってきました。この御朱印帳が妙に早く終わったのはこういう遠征を立て続けにやったせいです。
雀神社は名前が可愛いので御朱印を集め始めた当初からお参りしようと思ってたんですが、どうせそっちの方に行くならとその周辺で御朱印のある寺社を物色してるうちに遠征がだんだん大がかりになってしまいました。
鷲宮神社は違う意味での聖地巡礼で高名です。今はだいぶ落ち着いてるようですが絵馬はまだけっこうそんな感じでした。
行田八幡神社は摂社の目の神社の御朱印がなんというか妙な吸引力があります。
前玉神社の読みは「さきたまじんじゃ」。現在の「さいたま」の元になった古くからの地名だそうです。国宝に指定されてる鉄剣の出土で有名な埼玉古墳群(これも「さいたま」ではなく「さきたま」)の中にあり、神社自体も古墳の上に乗っています。御朱印を集め始めるより以前に埼玉古墳群を見に来たときに立ち寄ってお参りしたことがあったので参拝は2回目。
三芳野神社は墨書にもある通り童歌「とおりゃんせ」の天神さまとのこと。列になるというほどではないんですが田舎のわりに御朱印女子が次々に来てるなと思ったらこれまた某アニメの聖地巡礼コースだったらしいです。今知りました。てっきり川越観光の影響かと。
蚕影神社の読みは「こかげじんじゃ」。筑波山の筑波山神社拝殿の真向かいに位置する山の山腹にぽつんとある神社で、御朱印は筑波山神社で代行しています。
参道の階段が長いですが山間の空気が綺麗で非常に気持ちの良い境内でした。階段が長いですが。とても。
ここからカーナビを見て筑波山神社に向かったところ、いつぞや迷い込んでたいへん困惑させられた登山道のごとき急傾斜にまたしても入り込んでしまいました。いや途中で気付いたんですがUターンする術も無く。
対向車が来なくて幸いでした。
このあとそのまま筑波山をぐるっと回り込んで五所駒瀧神社(ごしょこまがたきじんじゃ)へ。冒頭にも触れた通り石のオブジェと鬱蒼とした森がちょっと不思議な雰囲気を醸し出した神社でした。石でできたゆるキャラみたいな物もいます。
健田須賀神社(たけだすがじんじゃ)からは茨城県北西部~栃木方面をぐるっと遠征。きっかけは食べログで見かけて気になった牛すじカレー。
星宮神社は下調べをすると「トトロがいることで有名な神社」という記述があり、ご神木が作品中のトトロの森を連想させるような雰囲気でその比喩表現なのかなと思ったら極めて形而下的な意味でトトロが居ました。大丈夫なのかコレ。ハヤオのオッサンに怒られたりしないのか。しかも以前はもっと中華アミューズメントパークを思わせる再現度だったみたいですし。
こちらの神社は幹線道路から一本入り込んだところにあるんですが、そろそろどこで曲がるのか気を付けておかないとなーとか思いつつ運転してたらトトロと黄色い鳥居が並んでるのがけっこう離れた場所からも見え、すぐにそれと分かりました。って鳥居黄色?



ぺったりペンキみたいな黄色の鳥居って珍しいなと思いながら近寄ってみたところ、どうやら期間限定で作られてる鳥居型の行燈の様子。
夜は光りつつ願い事などを寄せ書きするシステムらしいです。イベント好きな神社っぽいですね。
ひときわ大きく書かれた「普通のくらしができますように」という願い事が妙に切実に見えます。
あと、「字がていねいになXXXように(一部解読不能)」とか書かれてましたがそれは願い事ではなく自分の努力の領分です。「字が綺麗になりますように」ならともかく。
おそらくご両親が「字が汚いのは仕方ないからせめて丁寧に書きなさい」と常日頃指導されてる賜物であろうと想像されますが残念ながら意図はうまく伝わってないようです。
磐裂根裂神社の読みは「いわさくねさくじんじゃ」。名前に迫力があります。これまた古墳の上に建ってる神社です。
うちの実家のすぐ近所にあった神社も発掘で下が古墳だったことが判明したんですが、1000年以上経って被葬者の記憶が失われても信仰だけは残ってるってすごいですね。
こちらは社務所は無人で、書き置きを戴いてセルフサービスで初穂料を納める方式になってました。個人的には書き置きで日付が入ってなければそれはそれでいいかという方針だったんですが、どういうわけか半端に日付が書き込まれていたため、この写真を撮った後ダイソーで毛筆ペンを買ってきて自分で書き込んでみたところ、ものすごい勢いで滲みました。墨汁じゃなくてただの水性インクだなこれ。ダイソーは我々に「安かろう悪かろう」という言葉を忘れた頃に不意打ちで教えてくれます。
あとこちらには恵方神社という摂社があり、回転させてその年の恵方の方角に向きを変えられるらしい小さな祠になってました。祠の頭上には「←今年の恵方」という矢印が付いており、恵方巻きを食べる際には便利そうです。と思ったらここが恵方巻き発祥の地だという説があるそうです。あれ関西の風習じゃないの?
平塚神社から王子神社まではニケと焼きそばと餃子食べがてらイリアスで散財しに行った際、待ち合わせまで時間があるからと神社に寄り道してたら遅刻しました。その節はたいへん申し訳ありませんでした。



書き置きの御朱印を戴いた場合、とりあえず御朱印帳に挟んで持って帰り、帰宅後に糊で御朱印帳に貼るのが一般的みたいです。しかし場所によっては半紙が御朱印帳より微妙に大きい場合があり、こういうのは御朱印帳に挟んでるとはみ出した部分に折れ目が入ってしまうことがあるため、クリアファイルを持ち歩いておいた方がいいというのを御朱印帳入門系のどこかで目にしまして。
あーまあそんなもんかもなぁと思いつつ持ち歩いてなかったんですが、先日ついに御朱印帳からそこそこはみ出すサイズの書き置きを戴いてしまいまして。
なるほどそういうことも本当にあるんだなと納得したのでクリアファイルを用意することにしました。
A4サイズのクリアファイルはさすがに鞄に入れておくにはちょっと邪魔なので適当なサイズの物でも買おうかと思ったんですが、A4以外のサイズのクリアファイルってほとんど見かけませんし小さいわりに値段が高め。しばらく探してもいまいち気に入るものが無かったため、余ってるファイルを手頃なサイズに切ることに。
結果、御朱印帳よりやや大ぶりでB6版よりやや小さめくらいになりました。「なりました」というのはつまりあてずっぽうで適当に切ったということです。
あとは以前に作った「御朱印帳」の消しゴムはんこの「御朱印」部分だけにインクを付けてスタンプし、さらに自分の名前はんこと京都で見かけて買った鳥獣戯画スタンプを適当にあしらって。

このところネタが御朱印のことばっかですが、まもなく寺院用の御朱印帳がいっぱいになりそうなのでたぶんまた御朱印帳ネタです。


御朱印帳 経過記録
 ・ 神社 1~4冊目
 ・ 神社 5冊目
 ・ 神社 6冊目



2016年2月24日(水)02:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

御朱印帳経過記録 神社 5冊目

以前の続きで御朱印帳の5冊目が埋まったのでまた備忘録としてメモ。
Mayugeは片面のみ使用にしているため標準的な御朱印帳で1冊あたり23面となり、そろそろ100を超える勢い。1つの神社で摂社や七福神など複数の御朱印が戴けるケースも多いため、参拝数でいうともう少し減るかと思われます。

写真は下谷神社でみかけたアヒル。池も無いのになぜかアヒルが1羽だけぺたぺた歩き回ってました。
昼休みで休憩に来てるらしいサラリーマンと並んでぼーっと座ってたりしてなんかシュール。



御朱印帳は上目黒氷川神社のオリジナル御朱印帳。
桜の季節になると毎年一度は必ずテレビで見る気がする目黒川の桜を表紙にあしらっています。
同じ図案で黒を基調にした夜バージョンと、明るめの水色を基調にした昼バージョンの2種類がありました。
色合いの好みで夜桜バージョンの方を購入。

上段:右から上目黒氷川神社、素鷲神社、初音森神社、銀杏岡八幡神社、稲荷森稲荷神社、月読神社(柿生)、栗木御嶽神社
中段:多田朝日森稲荷神社、猿江神社、新小岩香取神社、小岩神社、白幡天神社、小御門神社、八坂神社と青龍
下段:一宮神社(福知山)、下谷神社、矢先稲荷神社と福禄寿、秋葉神社、吉原神社と弁財天、千束稲荷神社


素鷲神社の読みは「そがじんじゃ」。参拝時は神職がご不在で封筒に入った書き置きが置いてあり、初穂料は木箱に納める方式になってました。
初音森神社と銀杏岡八幡神社は浅草橋に工作系の材料を買い出しに行くついでに。
稲荷森稲荷神社は東京農大の収穫祭を久しぶりに見に行ったのでその際に。名前が面白かったからとか決してそんなことは。東京農大の最寄り駅は経堂となってますが千歳船橋から歩いても大して変わらないんですよね。
月読神社は柿生の琴平神社を参拝したときに看板を見かけ、検索したら御朱印があったので改めて。次の栗木御嶽神社で代行されてるとのことなので、ニケ邸に遊びに行った際にLiLi Lineをチェックがてらぐるっと回ってきました。いやこの店のマロンパイがすごく気になって。手に入りませんでしたが。
猿江神社~白幡天神社は本格的に寒くなる前に自転車で御朱印巡りの旅。高速バスに折りたたみ自転車を持ち込み、浅草で降りたあとshake treeで肉以外も入ってるバーガーをテイクアウトして巡ってきました。



ちなみにこの日の最終目的地は神社ではなく八幡の藪知らず。森に入ると神隠しに遭って出てこられなくなることに定評のある古株ミステリースポットです。まあ森の一角に不知森神社があるので目的地も神社ともいえるかもしれませんが。Wikipediaに「社殿の敷地に立ち入って参拝をしたのち大抵の場合は無事に出て来ることができる」という絶妙に曖昧な記述をした人を評価したい。「八幡の藪知らず」の呼び名の元となっている葛飾八幡宮ももちろん参拝したんですが、オリジナル御朱印帳を購入したため同日に参拝した神社のうちここだけ次の6冊目に入ってます。
小御門神社はすでに一度御朱印を戴いてるんですが、神代文字の一種、阿比留草文字で書かれてるっぽいはんこが欲しかったのでワットパクナムのタイ食材市目当てにそちらの方に行った際に足を延ばし、ダメ元ではんこ指定をお願いしてみたところ応じていただけました。
八坂神社と青龍は帰省のついでに京都で途中下車して。青龍の方はうっすらと龍の柄が印刷された専用の半紙の書き置き。「青龍」の文字だけ青く光るきめ細かいラメを含んだ特殊な墨が使われているようです。
一宮神社の読みは「いっきゅうじんじゃ」。地元では「いっきゅうさん」と呼んでいて実家で初詣というとここが定番でした。
そのせいで正月の賑わいの印象しかなかったんですが、普段は無人のことが多いらしく夏に帰省した際に参拝してみたら無人だったので年末にリベンジ。
下谷神社から千束稲荷神社までは主に浅草周辺の神社をまた自転車持って行ってぐるっと参拝。
かっぱ橋近くにある矢先稲荷神社は端っこに馬、印の枠部分も馬でやたらと馬馬書いてあるのでさぞかし馬にまつわる由来があるんだろうと思ってたら調べてもなにも出てきません。どういうことなの。
秋葉神社は秋葉原の地名の元となった神社ですが、移転したため現在地は秋葉原からそこそこ離れてます。御朱印を集め始めた当初から一度参拝しておこうとは思ってたんですが今ごろになりました。


そしてそうこうしてるうちに神社用の6冊目と寺院用の1冊目がすでに半分を越えてます。
最近は日常的な用事のついでに参拝できるところをおおむね回ってしまって普段のペースが落ちてる反面、御朱印目当てに出かけたときに一気に数カ所回ってくるというパターンが多くなってる感じ。



2016年1月27日(水)23:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

御朱印 経過記録2015

春ごろになんとなく始めた御朱印集めですが、他の用で出かけるついでに下調べしてお参りしたり、唐突に方面を決めて丸一日を巡礼の旅に充ててみたりという感じで現在5冊目に突入しております。
引き籠もりがちな生活から外出する頻度が増えました。若干。

とりあえず自分用の記録を兼ね、いっぱいになった4冊を収録&メモ。
どこかに書いておかないとそのうち分からなくなりそうで。

まずは1冊目。横浜中華街のなんかスピリチュアルなお店でたまたま見かけて購入。製造はHollyHockで、通販でも手に入るようですが、小ロット生産なのか品切れになってることも多い印象。わりとすぐ補充されますが。
上段右から筑波山神社の拝殿と男体山本殿、女体山本殿、笠間稲荷神社と大黒天、上野東照宮、一ノ矢八坂神社
中段:鹿島神宮とその奥宮、息栖神社、香取神宮、奥澤神社、広尾神社、氷上神社(陸前高田)、桜山神社(盛岡)
下段:盛岡八幡宮、盛岡護国神社、烏森神社、宮益御嶽神社、塩竈神社(新橋)、琴平神社(柿生)、町田天満宮、蛟もう神社

筑波山神社は中腹にある拝殿のほか、山頂まで登って参拝しないと戴けない本殿の御朱印があり、平日に有給取って登ってみたら閉まってて出足をくじかれました。せっかくなら拝殿と本殿をひと続きにしたいしもう一回登山するまでのっけから一ヶ月近く御朱印収集は休止。
上野東照宮の御朱印はたまたまぼたん祭の時期で期間限定版のもの。
鹿島神宮、息栖神社、香取神宮は東国三社ということでセットらしいのでせっかくだから並べてみました。
奥澤神社にお参りしたのはやたらと暑い日だったんですが、住宅地内に突然出現する鬱蒼と木の茂った境内が非常に涼しくて気持ち良かったので印象に残ってます。あと入り口の鳥居に巻き付いてる大蛇に眼力がありすぎてちょっと怖いです。
氷上神社から始まる岩手方面は以前ちょっと触れましたが出張の合間を利用して。
宮益御嶽神社には本当に犬型の(実際は狼らしいですが)狛犬があり、御朱印もそれを模ったものです。
塩竈神社の御朱印は電話でお願いして半紙を郵送していただく方式でした。
蛟もう神社は「もう」の文字が環境依存文字のようなので。「虫罔」で一文字の漢字です。「みずち」の表記の一種らしく、いかにも水関係という印象的な名前です。付近を通った際に看板を見かけて知り、後日改めて参拝してみました。付近の道路が狭く、入口を捜すのに少し難儀しました。



2冊目は自由が丘の熊野神社のオリジナル御朱印帳。
上段:熊野神社(自由が丘)、思兼神社、市谷亀岡八幡宮と茶ノ木稲荷神社、平田神社、代々木八幡宮、根津神社
中段:乙女稲荷神社、十番稲荷神社、女化神社、小御門神社、金刀比羅宮(虎ノ門)、浅草神社、被官稲荷神社、上明神天祖神社
下段:蛇窪大明神、大宝八幡宮、守谷八坂神社、一言主神社、蔵前神社、鳩森八幡宮と富士塚、素盞雄神社(南千住)

熊野神社の御朱印帳はご神木であるケヤキの葉を染め抜いた模様とのこと。若葉色の草木染めのものをネットで見かけて気になってたんですが、ときどき染料を変えて新色になるようです。このときはクチナシの色素をバイオ技術でなんかして作ったという濃いめの青でした。クチナシ色素というと栗きんとんの黄色のイメージがあるのでちょっと不思議。色自体は良いんですが模様が見えにくいのが少し残念です。こちらはルピシア本店の目の前にあるので以前から印象に残ってた神社ではありました。猫がよく出入りしてるし。
思兼神社の御朱印と墨書は豪快でけっこう好きなんですが、使われている墨が膠が少なめのものなのか、乾燥したあとも向かい側に墨の粉が写りやすいようです。間に半紙を挟んだままにしておく方が良いかもしれません。
平田神社の御朱印は平田篤胤が研究していた神代文字の墨書。はんこに神代文字が使われてる御朱印はたまにありますが墨書が神代文字というのは珍しい気がします。日本語版もある様子。参拝時には「神代文字の御朱印ならお書きできますが、日本語の御朱印は書き置きのものになります」と言われました。一瞬聞き間違いかと思った。
乙女稲荷神社は根津神社内にある摂社ですが、伏見稲荷の千本鳥居に似た鳥居群があり、都内でお手軽にあの雰囲気を味わえます。
この日は馬刺を食べるために有休を取り、雨の中電車で都内の御朱印巡りをしてました。
浅草神社はたまたま夏詣の期間限定版の御朱印がある時期だったのでそちらで。
守谷八坂神社は八坂神社の名ではなく昔の社名である「牛頭天王宮」が墨書されています。
蔵前神社は古典落語「もと犬」でシロがお参りする「八幡さま」。境内にこれにちなんだ像があります。
鳩森神社内にある富士塚の登山記念印は御朱印の範囲に含めて良いのかどうかやや悩みましたが、富士浅間神社と書かれてるようなのでたぶん良いような気がします。個人的に富士塚にはなにやら惹かれるものがあるんですが、都内の神社を巡ってると意外とあちこちで見かけることがあります。



3冊目は野田市の桜木神社のオリジナル御朱印帳。
上段:桜木神社(野田)x2、末広神社と毘沙門天、小網神社と福禄寿、弁財天
中段:住吉神社(佃島)と龍神社、波除神社(築地)、護王神社、晴明神社、建勲神社、上賀茂神社、下鴨神社
下段:御霊神社(福知山)、北野天満宮、大将軍八神社、須賀神社(京都)と交通神社、粟田神社と鍛冶神社、御金神社

桜木神社のオリジナル御朱印帳はちょっときらびやかで御朱印マニアの間でも人気があるようです。
途中から実家に帰るついでに京都方面になってます。折りたたみ自転車を活用して市内をぐるっと回ってみました。
晴明神社のオリジナル御朱印帳も定番な気はしますが、なんか有名になりすぎてて別の意味で聖地巡礼っぽくなってしまい、ミーハーなイメージが付いている(Mayuge内で)のでなんとなく敬遠。
あと、実家近くの神社ということで子供の頃からよく遊び場にしていた御霊神社にお参りして御朱印を戴いてきました。しかしよく考えたらその直前に建勲神社(御祭神:織田信長公)の御朱印を戴いてまして。福知山市の御霊神社の御祭神は明智光秀命となっております。まったくもって他意はなかったんですが信長公が御朱印帳後ろ方向に向かってしきりにガン飛ばしてるような気がします。
ついでに建勲神社は鳥居をくぐってから先の坂道が想像したよりもけっこう長く続いてますが、木々の間からたまに見える眺めはなかなか良く、気持ちの良い境内でした。
大将軍八神社にもオリジナル御朱印帳があり、購入しそびれたんですが柄がわりと好きな感じなので機会を見て購入したいところ。
粟田神社は予備知識無しに行ったら刀剣乱舞の影響か絵馬がちょっとすごいことになってました。個人的には痛絵馬とかも嫌いじゃないんですが、「御朱印が欲しいならちゃんと参拝はしようよ」というような趣旨と思しき張り紙があったので何か思うところがおありなのかもしれません。流行で裾野が広がると色々ありますわな。
御金神社は「おかね」ではなく「みかね」神社だそうですが、神社としてもそのあたりはあまり声高に否定しない方針でやっていくご様子。



4冊目はHollyHock製の鳥獣戯画御朱印帳。Amazonから通販。
上段:豊国神社、市比売神社、千勝神社、花園神社、蒲田八幡神社、稗田神社、北野神社(蒲田)
中段:御園神社、椿神社、女塚神社、高輪神社、雉子神社、氷川神社(五反田)、駒繁神社、出雲大社東京分祀
下段:乃木神社、櫻田神社(六本木)、松島神社(人形町)と大国神、鉄砲州稲荷神社、金村分雷神社、金刀比羅神社(石岡)、常陸国総社宮

引き続き京都方面から。豊国神社は以前住んでた場所のすぐ近くだったのでそっちを見に行くついでにとお参りしたんですが、図らずも先ほどの織田信長、明智光秀に引き続いて豊臣秀吉が列ぶ形に。ここまできたらいっそこの後に東照宮の御朱印でも列べるべきだったかもしれません。
稗田神社~女塚神社までの御朱印はすべて蒲田八幡神社でお願いできます。蒲田に羽根付き餃子食べに行ったついでにぐるっと一巡りお参りしてきました。徒歩で2時間弱。
あとは週末に山手線の下半分を自転車で一巡りしたり茨城県南を廻ったりした痕跡が見て取れます。
出雲大社東京分祀は縁結びスポットという扱いで何かに紹介されたらしく、刀剣乱舞とはまたちょっと違う客層の女子で混雑してました。

とりあえず4月~10月の半年で御朱印帳4冊とこんな感じに。
正直なところ1冊集め終わる頃には飽きてるんじゃないかと思ってたんですが意外と続いてます。
まあ日常生活のついでで立ち寄りやすいところにお参りしてしまうとあとはペースが落ちざるを得ないと思いますが、飽きは来てないのでマイペースでまだしばらく続けていくことになりそうです。

あと、今回収録したのは神社ばかりですが、寺院用の御朱印帳は別にしています。
寺院はあまり廻っていないためまだ1冊目も終わってません。



さて、それはそうと某神社参道ですが。

これはふと思っただけでべつに何か根拠があってというわけでは決してないんですけど、ひょっとしてですが、率直なところ参拝者とか集まりすぎてもちょっとめんどくさいなぁとか思ってらっしゃいます?

いや決してなにか根拠があってそう思ったとかいうわけではないんですけども。



2015年12月7日(月)00:15 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

御朱印帳継続中

1冊埋まる前に絶対飽きるだろうと思ってた御朱印帳ですが、あと数個で1冊目が埋まってしまいそうです。
まあ片面使いだと23頁ある御朱印帳ですが、1ヶ所の神社で複数の御朱印がある場合もあって意外と消費ペースが速いんですよね。

さて先日、御朱印帳を閉じておくための御朱印帳バンド代わりとしてダイソーのブックバンドを使ってると書きましたが、デザイン的には気に入ってるものの毎回いちいちスライダーゆるめて取るのが意外と面倒でして。もっとこうワンタッチに取り外せるようにならんかなぁとか思ってたんですが、ふと差し込みバックルなんか仕込んでみてはどうかと思い付きました。
そしてそのまま考えてるうちに差し込みバックルよりもマジックテープにしちゃった方がコンパクトに薄くできて良いんじゃないかと気付きました。


私女だけど彼氏の御朱印帳がマジックテープ式だった 死にたい。。

     ∧_∧
     ( ゚ω゚ ) 御朱印は任せろー
 バリバリC□l丶l丶
     /  (   ) やめて!
     (ノ ̄と、 i
        しーJ



一瞬なかなか良いのではないかと思ったけどすぐに上記のAAが浮かんだので即座にプラン破棄。
いやなんか社務所の前でバリバリ音立ててるのもなんですし。

って書いてて思ったけどもしマジックテープ式御朱印帳バンドを実際にお使いの方が居られたら申し訳ありません。べつに含むところがあるわけではないんです。



2015年6月5日(金)02:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

氷上神社、奇跡の一本松

さて、陸前高田に行った際のベルトコンベアー以外のものもいくつか。

盛岡出張のついでに「せっかく同じ岩手県内なんだし」という安直な考えで行ってみようと思いついたんですが、岩手に限らず日本の交通網って縦断方向には発達してるけど横断方向って微妙なんですよね。正直なところ交通手段を検索して陸前高田-盛岡間が3時間半近くかかると知ってちょっと止めようかと思いました。東京-盛岡間(2時間ちょい)の1.5倍以上じゃねぇか。

まあ行ったら行ったで移動もなんだかんだで楽しいんですが。

ということで写真は一ノ関-気仙沼間移動中の大船渡線の線路。
単線で車両の幅ぴったりまで草木が茂っている場所があったりして運転席横の前面窓が楽しいです。やってることが鉄っちゃんの子供と同じとか言わない。
もっと本当に緑のトンネルみたいになってる場所もあったんですがカメラが間に合いませんでした。



御朱印の収集を始めたことは先日触れましたが、出発前になんとなく調べたところ、陸前高田市にも御朱印を受けることができる神社があるらしいと知りまして。ベルトコンベアに行く前にまず氷上神社へ。
気仙沼でバスに乗り換える際の待ち時間に電話で確認してから参拝しました。陸前高田の駅から歩くと言ったら電話の向こうから感心したようなあきれたような微妙な声が聞こえたような気がしたけどキニシナイ。3kmくらいで徒歩30分といったところ。



参拝後、社務所で御朱印をお願いしようとしたら神主さんから中に上がるように声を掛けていただきまして、待ってる間にお茶をいただきながら神社のことなど話を伺ってました。
この神社に祀られてるのは御朱印にもある登奈孝志(となこし)神、理訓許段(りくこた)神、衣太手(いたて)神の三柱の神様で、もちろん記紀の神様ではなく名前からしておそらく蝦夷の神様とのこと。よく知りませんが式内社なのにそういうこともあるもんなんですね。なんかフランチャイズに加入したのにファミチキ売らずに独自の竜田揚げ作ってるみたいな。



氷上神社から住宅地、ベルトコンベア地帯を抜けて海際の奇跡の一本松まで来た後、陸側を振り返るとこんな感じ。ベルトコンベアの向こうに見えてる緩やかな稜線の一番高くなってる部分が氷上山で、この麓に先ほどの氷上神社があります。あそこから歩いてきたのか。最初にこの景色知ってたら絶対やらなかったな。
氷上神社はもともとこの氷上山の上にある登奈孝志、理訓許段、衣太手の3神の名を冠した3つの神社が由来だそうで、この山は海から眺めたときに一番高く見え、なおかつこの山を目指して戻ってくると陸前高田の港に辿り着くことができるため、太古から漁をする人々の間で重要な目印であり、なおかつ信仰の対象とされてきた山だそうです。おそらく氷上神社の成り立ちもこの辺りから来ているのではないかとのこと。



おなじみの奇跡の一本松。
この周辺はいくつかの破損した建物が震災遺構として残されてまして、当時の被害が偲ばれます。
松については保存にかけた費用等に批判もあるようですが、どうせこれに使わなくても何らかのモニュメントは作られてたでしょうし、Mayuge個人としては同じく費用がかかるなら珍妙なオブジェを作られるよりこの松でよかったんじゃないかと思います。

結局12時過ぎにBRT陸前高田駅を降りて氷上神社に立ち寄ってから海側に向けて移動し、コンベア撮りつつ奇跡の一本松まで辿り着いたのが4時前でした。ふらふら寄り道しながら移動した道のりを憶えてる範囲でGoogleマップでたどってみたところ8kmちょいくらい歩き回ってた様子。

このあとさらに周辺を軽くウロウロして夕方5時頃のバスで陸前高田をあとにしました。
ちょっと薄暗くなったとことか夕焼けとベルトコンベアーとかの写真を撮るのもいいかなと思ったんですが、夜9時頃までに盛岡に着くためには5時のバスに乗るのが必須で。翌日仕事ですし。
広い さすが岩手ひろい。



2015年5月25日(月)03:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

陸前高田ベルトコンベア

先週の前半にかけて仕事で盛岡に行ってました。

以前、何か他の調べ物をしてる時にデイリーポータルZの記事で陸前高田市の嵩上げ工事に動員されてる巨大ベルトコンベアのことを知りまして。巨大構造物とか好きなのでちょっと惹かれます。
秋ごろには使用を終えて撤去されてしまうらしいしちょっと見てみたいとは思ったものの、そっちの方に行く機会なんか無さそうだなぁとスルーしてました。
ところが急遽仕事で盛岡に行くことになったため、このチャンスにと週末の空き時間を利用して陸前高田まで足を伸ばしました。

これにあたってあらかじめ見学会を主催してるらしいところにメールで問い合わせてみたんですが、2週間くらい待っても何の返事も来ないのでとりあえずこっちは放置。勝手に行くことに。



ちょっと離れた斜面からベルトコンベアおおむね全景。
こんな感じで向こう側の山を丸ごと削り出して市の元中心部一帯を15mほどかさ上げしてます。
ここからだとほぼ全てのベルトコンベアが重なって見えるため本当に縦横無尽に機械で埋め尽くされてるように見えますが、実際に近くに行ってみると意外とまばらです。



先ほどの遠景から現地まで徒歩でほぼ1時間。なにしろバスが1時間1本とかなので歩くしかないんですよね。よっぽど折りたたみ自転車持ってこようかと思ったんですが、いちおう仕事がメインということでさすがに自重。
嵩上げが進行中の元市街地はほぼ通ることができず、一部の主要な道路のみ通行可能でベルトコンベアの隙間を縫うように通っています。
この辺まで来ると道路から上を見上げるとベルトコンベアという感じで、巨大構造物的には見応えがあります。



先ほどの地点から工事現場を挟んで反対側に回り込み、陸側を見たところ。
津波被害で有名になった奇跡の一本松の方に行く通路の途中です。



現在は嵩上げ済みの地面は目測でだいたい5~10mといったところが多いんですが、奇跡の一本松の近くに完成予定の高さまで一足先に土が盛られて展望台になってる場所があると紹介されてまして。そこからだとベルトコンベアにかなり近い高さから見ることができるらしく、わりと期待してたんですが、現地に着いてみたら閉鎖されてました。残念。
理由等は書いてなくて不明。

震災直後、土木の専門家でも何でも無い人から「山を削って市街地全体を埋め立てて高くすればいい」という意見が出たのを聞いたとき、技術的には可能でもコストと時間でまったくもって現実的じゃないだろうと反射的に思ったのは今でも憶えています。もっと端的に言えば「アホか」と思いました。ところが実際には現実の方がさらっとMayugeの想像を上回ってまして。ぜひ一度見てみたいと思ってた現場でした。
まあ最初に聞いた時点ではMayugeはダンプカーでちまちま運ぶのを想像してたんですが、試算ではその方法だと9年がかりの作業になるとのこと。これがベルトコンベアだと工期を2年に短縮できるそうで、一気に計画が現実的になったようです。Mayugeの感覚もあながち的外れではなかったのではないかという負け惜しみも書いておくことにします。

まあなにはともあれ見応えのある巨大機械でした。



2015年5月25日(月)03:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

筑波山

御朱印帳って数年前からあちこちでちょこちょこ採り上げられるようになってて少し気になってまして。
熱心に神社仏閣に参拝するようなガラではないんですが、神社なんかを見て回るのもわりと好きですし、骨董市で神社に立ち寄ることもあるので、せっかくなら集めてみるのもいいかなと。帰省の途中に京都なんかも通りますし。
と言いながらも今まで手を付けてなかったのは「気に入る表紙の御朱印帳が身近で売ってなかったので」というきわめて俗っぽい理由からでした。で、先日別の用件で出掛けた際にたまたま見かけた御朱印帳がそこそこ気に入ったので購入しまして、そろそろ始めようかと思ってた次第。1ヶ月ほど前から。
御朱印をスタンプラリー感覚で集めることを批判する向きもあるようですが、とりあえず個人的には深くこだわらない方針で。

で、まず手始めにどこに行くか考えた結果思い至ったのが筑波山神社。わりと近所でいかにも地元という名前かつこの辺で唯一の式内社ですし、真っ先にご挨拶しておくにふさわしいような気がします。なんとなく。
拝殿、男体山本殿、女体山本殿の3ヶ所の御朱印が一気に揃うのもスタートダッシュにちょっと有利。いや何に有利なのか知りませんけど。

ということで週末にじゃあ行ってくるかと思ってたところ笠間に拉致されまして
じゃあ翌週行ってくるかと思ってたら雨が降りまして。近所の神社とはいえ山の上。雨の日は避けたいです。
ということでその週明け、朝起きたらとても良い天気だったので唐突に午後半休を取って筑波山へ行ってきました。

ちなみにMayugeはけっこう長いことつくばに住んでますが筑波山に登るのは初めてです。
ていうか話してると身の回りのつくば在住者ってほとんど筑波山に登ったことないって言ってる気がするんですけど。地元出身者だと学校の強制イベントで登ってるようですがたいていそれっきりと言ってますし。

まずは中腹の拝殿にお参りして御朱印をいただいた後、山頂へ向けて移動開始。



さすが古来から修験道が盛んだった地だけあって傾斜もかなりのもの。日頃運動不足の身にはかなりこたえます。いやーきつかったわー。傾斜ぱないわー。

10分弱で無事に山頂駅に到着。山頂駅といっても男体山、女体山の2峰の中間点の一段低くなってる場所にあるため、ここからそれぞれの山頂および神社本殿まで徒歩で約10~15分とのこと。平日とあってケーブルカーも山頂駅周辺の売店も人の姿はまばらでした。

まずは男体山山頂に向けて今度は本当に山登り開始。
男体山の方はけっこう傾斜が急な場所も多く、岩がごつごつしててあまりユーザーフレンドリーではない設計です。
途中で景色や花を撮ったりメール送ったりしつつ歩いて15分弱で山頂到着。さて、御朱印を‥‥ってシャッター降りてるじゃねぇかなんだこれ。閉店?
ショックのあまり写真撮っておくの忘れてました。

小さい神社とかだと御朱印所は土日しか開いてないことも多いとは聞いてましたが、筑波山神社ならそこそこ大きいし、サイトにも「本殿の御朱印は山頂限定」との記述はあるけど営業日(?)のことは書いてないので若干不安に思いつつも来てみたんですが。

まあこの閑散っぷりではいかに神職とはいえ来るかどうかも分からない参拝客のために毎日山登ってきたくないわな。ですよねー。と思いつつ撤収。
できれば営業日書いといてください。



どうやら本殿は平日は閉まってるっぽいと判明しましたがせっかくなので女体山の山頂の方にも登っておきます。
筑波山頂駅まで戻ってきたあと反対方向に向かって徒歩で約10分。
女体山山頂へは男体山よりちょっと距離があるものの、道自体は比較的平坦で難なく歩ける感じ。幼稚園~小学校低学年くらいかなっていう感じの女の子が一人でずんずん登っていってるのも見かけました。ていうか一人で進んだあと走って戻ってきて後続の家族になんか言った後また走って登っていきました。元気だなおい。

女体山の山頂は岩場が天然の展望台のようになっていて視界を遮る木などが少ないため非常に良い見晴らしでした。以前に誰かから登るなら女体山がお勧めと聞いた記憶があったんですが納得の景色。



で、登りはケーブルカー使用というチート行為に手を染めたMayugeですが下りはいちおう自力でやろうかと考えてまして。
ルートはいわゆる白雲橋コース。筑波山名物の巨石や奇岩がルート沿いに点在していて代表的なものを一通り見ることができます。岩とかもわりと好きなんで

写真左側はなかでも特に有名な奇岩、弁慶七戻り。右側が高天原の岩の裂け目みたいな通路。
ガイドには白雲橋コースの下りの所要時間はは90分程度と書かれていましたが、駐車券を見ると車を駐めてきた土産物屋の預かり時間が5時までとなってまして。ゆっくり降りてると間に合うか微妙だったのでちょっと急ぎ気味で降りたところ、所要時間はほぼ1時間でした。もっともコースの上半分は足場に石が多く、不規則な階段状になっているため急ごうにもあまりスピードアップのしようが無いように思えます。段差一段ごとに膝と太腿に衝撃が走り、「山登りは下りの方が疲れる」というよく聞く話を実感できました。いやまあ今回に関しては登ってないから当たり前なんですけど、「あー、下りが疲れるってこういうことなのか」という感じで。



あとこの時期に行っておきたかったのは、ちょうど今筑波山でカタクリの花が咲いてると聞いたためというのもあります。
片栗粉の本来の材料として名前自体は非常になじみ深いんですが本物は見たことなかったんですよね。あと、花をおひたしにすると非常に美味しいと聞いて興味津々なんですが。いや採りませんけど。場所によっては絶滅危惧種とか言われてるみたいですし。
筑波山では今月の20日まで筑波山頂カタクリの花まつりというのをやってまして、ちょうど今が見頃とのこと。山頂駅付近の群生地以外にも登山道脇などあちこちでちらほらとカタクリの花を見付けることができました。

ということで本殿の御朱印は戴けませんでしたが景色などで充分満足できる筑波登山でした。つくばにいる間に一度くらいは登っておかないとと思いつつこういうきっかけでもなければまったく足が向かなかったためちょうど良い機会でした。本殿2社には近いうちにまたリベンジしておきたいところ。

ところでこの記事を書くためにちょっと検索してみたところ、山頂の本殿については「休日でも閉まってた」「平日に開いてた」など困惑させられる情報がぽろぽろと。登ってみてのお楽しみ? 地上から分かるようにしていただけないでしょうか。狼煙でもツイッターでもいいんで。



2015年4月16日(木)00:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理

式根島いろいろ

ということで最後に滞在中に見かけた島キノコ。


アワタケっぽい何か。
イグチの一種なのは間違いなさそうですが何なのかは不明。イグチ科ってのは先日のヤマドリタケモドキと同じ仲間ですな。
見つけたのは車を降りて唐人津城に向かってる最中の林道。



さらに唐人津城~神引展望台の移動中、何となく道ばたを見たMayugeが葉陰にキノコ発見。「これ、マツオウジじゃない?」と言った途端、ニケがサッと取って獲物袋に投入。山賊や。山賊がおる。

ちなみに持って帰って炊き込みご飯にしたそうです。



そして温泉から戻ってきて車を出してすぐ、ニケが「車止めて!」と大声を出して旦那を驚かせた原因がこれ。
木々の隙間から白い巨大キノコの姿がチラッと見えたので思わず大声を出してしまったとのこと。
ん、こりゃ確かにでかいわ。おそらくシロオニタケだと思います。直径25cmくらいはありそうな白い巨大キノコ。食毒不明。
周りが暗いところに真っ白のキノコだったので画面が飛んじゃったのが残念。



あと、ついでに帰路のジェットホイル便待ってるときに埠頭から見えた虹。
3日目の17日はずっと雨が降ったり止んだりだったんですが、ちょっと天気雨になったときに「これなら虹出るんじゃない?」と言いながら出るはずの方向を見に出てみたところ、本当に数分で虹が出始めました。Mayugeがそっちの方写真撮ってるうちにだんだん虹がくっきり出てきて、屋根の下で雨宿りしながら船を待っていた人々も次々に気付いて撮影大会。
ちなみに虹の向こうに見えてるのが隣の新島。



あと、夜に露天温泉に行ったときに見かけた謎の忘れ物、オール(1本)。

露天温泉になぜオールを持って来た。
そしてなぜこんなでかいものを忘れて帰る。



2007年10月1日(月)01:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 放浪(旅行・御朱印) | 管理


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